日常茶飯の暮らし

仕事と家事の合間のよしなしごと

【2/15 ZINEフェス横浜】育児について語るZINEを出します

告知の続報です!2月15日(日)ZINEフェス横浜で販売するZINEの詳細が決まりました。

仕様・目次

横浜市で3年間育児をした体験を振り返る本を鋭意作成中です。人間お尻に火が付くと頑張れるもので、この10日間で2万字書きました。まだ、座談会の構成とあとがきの執筆が半ばですが、ようやく全体像が見えてきたところ。週末まで粘って推敲・校正します。

試し読み

「はじめに」の全文を公開します。立ち読み目的でも結構ですので、気軽にブースに遊びにきていただけたら嬉しいです。

はじめに

 

このZINEは、2023年冬に横浜市で出産した私が、妊娠中から3歳の誕生日までを振り返るエッセイ集です。長らく自分と子どもの日記をつけてきましたが、ここまでの悲喜交々をまとまった形で記録しておくと同時に、育児書やSNSには出てこないローカルな育児支援情報を必要な方に届けたいと思うようになりました。こうした思いから、本書は横浜市の育児支援事業や子どもの居場所にスポットを当てた構成としています。

初っ端から後ろ向きな話で恐縮ですが、独身時代の私は決して子を持つことに前向きではありませんでした。仕事に日々の糧を得ること以上の意味を見出していましたし、30歳を過ぎても幼さが目立つ自分は明らかに育児に向いていないと自覚していました。仕事や趣味と違って育児は一旦始めてしまったら後戻りができません。出産に伴う生活様式の変化、それと表裏一体をなす他者の人生を始めることの不可逆性を前にして、足がすくむ感覚をずっと抱いてきました。詳細は省きますが、子を持たない理由をせっせと積み重ねてきたにもかかわらず、様々な変化や幸運が重なり、私は自ら出産を選択しました。その後押しになった一つが、子育てを支援する制度の存在です。

私は自宅近くで商店を営む両親、そして店舗の2階に住む母方の祖母と叔父の4人体制で、手をかけて育てられました。幼少期の温かい思い出は私の財産になった一方で、子どもの養育に必要なリソースを高く見積もる要因にもなりました。自分が子を持つ頃、実親はすでに後期高齢者。親世代のような収入や資産を築ける保証もない。よって、自分が受けてきたような手厚い養育は無理だと。ところが、ここ15年ほどで世情が変わり、外部リソースを使って子育てする共働き夫婦というあり方が急速に広まりました。しかも多くの自治体で、産後ケア、産後ヘルパー、一時預かりなど、少ない負担でアクセスできる事業をやっているという。こうした助けを借りればやっていけるかも、と思うようになりました。20代半ばで目にした「保育園落ちた日本死ね!」騒動に戦々恐々としたものですが、育児環境が日進月歩でよくなっているのは、多様な形で声をあげてこられた先人の方々のおかげです。

本文で綴っているように、様々な助けに支えられて怒涛の3年間を乗り切ることができました。振り返って思い出すのは、個々の支援者さんの温かみ。そして「もう少しうまく助けを借りられたかも」という一抹の後悔。私はリサーチ魔なので産前から本やネットからの情報収集に熱を上げてきましたが、実際に支援を受ける段階で「あれ?」と行き詰まることが何度もありました。その時に、「ローカル情報に関してはアナログの口コミに勝るものなし」と痛感したものです。なので、この本では、ネットには書けないけれど、自分が産前に知っておきたかった情報をあちこちに織り交ぜました。エッセイとしても情報本としても中途半端なものになっていると思います。その点はご容赦ください!そして現在もなお、様々な制度から取りこぼされている方が大勢います。現行の公助のあり方を手放しで賞賛し、問題点を指摘する声を封殺する意図はないことを強調しておきます。この本が横浜市で育児をしようとする方にとって少しでも参考になったり、誰かが新たな声を発する契機になれば幸いです。